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11:11『願いが叶う時間』

エンジェルナンバーをよく目にします。

むしろ意識的に過ごしているので目にする頻度が高いのは言うまでもありませんが、スマホの時計だったり行き交う車のナンバーだったり充電の残量だったり、ゾロ目が揃った数字にまつわるメッセージ性を見出すことに、日々ワクワクしながら過ごしています。

近頃はエンジェルナンバーに限らずアークエンジェルライトワーカーパラレルワールドや、象徴性が際立ったカタカナに触れて活発に活動する左脳の働きを和らげたりもしています。

創造性を刺激する上でこれは本当に有効なワークだと感じていて、ただし深掘りのし過ぎにはくれぐれも用心しつつなのですが・・。

昨年鑑賞したシルク・ドゥ・ソレイユ30周年記念公演の『KURIOS』は、リアリティーとファンタジーが共存した不思議な世界観を圧巻のエンターテイメントで魅了してくれる、本当に感動的な公演でした。

『KURIOS』を訳すと『好奇心』『骨董品』
サブタイトルは『Cabinet of Curiosities』
『ヨーロッパのルネサンス時代の不思議な物を収納した棚』という意味らしく、博物館や美術館の前身を指しているのだそうです。

目に見えないものが存在すると信じる主人公のシーカー。

自分が蒐集した骨董品を寄せ集めて作ったヘンテコな機械の中に足を踏み入れた途端、次々と風変わりなキャラクターが登場して摩訶不思議なストーリーが展開していくのですが、『KURIOS』の舞台装置の時計はストーリー中ずっと『11:11』を指していて、欧米では偶然が重なり合うような幸運な時間『願いが叶う時間』と言われています。

人は日々目の前で起こる出来事を頭の中で情報処理しながら、時にジャッジメントして心を揺さぶられたりしています。

『選択』して『決断』して『実行』する。

毎日些細な瞬間的行動もすべてこの繰り返しの中で過ごしていて、そのほとんどが左脳が司る領域の事柄です。

課題によっては思考のスパイラルに陥って、なかなか抜け出せなくなる事も間々生じたりします。

ユーミン『優しさに包まれたなら』という曲の歌詞の中に『目に映るすべてのものはメッセージ♪』というフレーズがあって、その歌詞自体がスペシャルなメッセージだと思っています。

雨上がりの通勤途中虹が出ていたとか、ふと見上げた空の雲が天使に見えたとか、流れ星を見たとか・・・。
日常の中で起こる小さいサプライズな出来事に触れた時、「何か良いことありそう♡」と感じます。

『KURIOS』の物語は『11:12』に変わった途端現実世界に戻りますが、その1分間の間に実は大きな飛躍の夢を見ている』というメッセージが込められています。

ふと目にしたものから唐突に得られるエポックメイキングな閃きは、左脳で集めた『骨董品』が右脳の『好奇心』によって変容する瞬間なのかも知れません。

右と左でバランスを保って、仲良く相互補助し合っているのですね♡



声なきメッセージ

『新しいものを吸収するには、古いものを手放す』

最近やたらとこのキーワードに出くわして、そんなサイクルにあるのだろうな・・とボンヤリ感じています。

2年位前に横浜の中華街の占い師にも同じ事を言われた記憶がありますが、一言「ヤダ」と言い返して占い師の女性を凍り付かせました。
今思えばあながち間違っていない見解だった気もします。

自分なりの解釈として断捨離の要素は物質やスキルといったものではなく『負の感情』を指していたのではないかな・・と、最近になってようやく思い至りました。

さて、カラーセラピーは色に投影された自分の潜在意識に眠った思いを言語化して心理を読み解く上で、とても有効な手段だと感じています。

初めてカラーセラピーのセッションを受けた際、色を媒介した言葉は驚くほど饒舌にその内側を語り始めて、表面化したその言葉に感情が芽生えて、自分自身に対して今まで感じたことのない、不思議な愛おしさを覚えました。

インナーチャイルドの言葉を聞く手段は様々です。

主にヒプノセラピーといった催眠誘導が知られていますが、架け橋の違いだけで、大切な事は『内なる子供』の存在に気付いてあげること、なのだと思います。

アメリカの大学の心理学研究で、人は1日に6万回の考え事をしてその内の80%、4万5千回はネガティブ思考なのだと言われています。

このネガティブ思考は人類が生き延びる上でDNAに刻まれた自己防衛本能でもあり、インナーチャイルドが過去の経験から学んだ思考パターンだとも言われています。

何れにしても人にはそれぞれ異なった『思いグセ』があって、なかなかその感情が変容しない原因は、『インナーチャイルドの孤独』によるものなのだそうです。

私が感じた不思議な愛おしさの感情は、やっと気付いて貰えた『内なる子供』の安心感から生まれたものなのか、何故か脳裏に一人でポツンと佇む少女が映像化されたのも事実で『じっと待ってくれていた自分に還る』みたいな、何とも愛おしい感覚でした。

最近たまたま見つけたシンギングボウルの音色がとても心地良くて、ずっと聴き続けています。
そして良いと思うとついシェアしたくなる質で、知り合いに送信しまくっています。

そう言えば随分昔、チベット仏教の五体投地の巡礼に無性に惹かれた時期があったな・・などと聴きながら思い出しました。

⇩⇩⇩⇩宜しかったら是非⇩⇩⇩⇩

Tibetan Healing Sounds #1 -11 hours – Tibetan bowls for meditation, relaxation, calming, healing

インナーチャイルドは決して負の感情だけに囚われている訳ではなくて、心地良かった出来事や趣向に対しての原体験もしっかり覚えてくれていて、声なきメッセージを送り続けてくれています。

そして100%永遠に、自分の味方なのだそうです。


高次の視野

昨日は満月。

5月の満月はウエサク満月と言ってお釈迦様が生まれた日、悟りを開いた日、亡くなった日、すべて春の満月の日だったそうで、私の大好きな西洋占星術的観点だと『天界と地上の間の通路が開いて強力なエネルギーが降り注ぐ日』なのだそうです。

何やら特別な日だったようですが、既に1日過ぎてしまいました・・・。

満月の日の意識は

『振り返り・手放し・感謝』

西洋占星術の入り口より引用

無意識のうちにも何れかの要素が心身に何かしらの影響を与えていることを実感し始めてから、最近では新月満月の日には月の持つ要素を意識して過ごすように心掛けています。

月は地球の唯一の衛星で、地球がその他の太陽系の惑星同様太陽の周りをグルグル公転してるように、月も地球の周りをグルグルしています。

地球と月の関係を色々調べてみると本当に面白くて、中でも月誕生の起源が諸説あるなか、1975年に提唱された『ジャイアント・インパクト説』というのが、どうやら最有力視されているということを知りました。

この『ジャイアント・インパクト説』というのは、地球が約46億年前誕生して間もなく火星サイズの天体が地球に衝突し、宇宙空間に飛び散った地球のカケラが集まって出来たのが月、という説です。

この学説より先に地球と月が同時期に誕生したことは分かっていたことのようですが、月の岩石の成分を分析した結果、地球由来のものと地球外由来の成分が含まれていることも分かり、比較的新しいこの学説の信憑性は濃厚なようです。

地球と月は元は同じ魂を持った星ってこと?
うーん・・、なんかツインレイ 的で、ステキ♡

宇宙の中心は地球という天動説が中世キリスト教のヨーロッパでは信じられていたのがほんの500年位前の出来事で、現代に生きる私たちにとっては何だか幼稚な論理に感じてしまうのですが、偏狭なコミュニティでの価値観を支持したり、異論に対して圧力を加えたりする行為は、今も昔もあまり変わっていない気はします。

ただ、この時代純粋に天文学を研究していた女性は『女性の錬金術師』という理由だけで酷い拷問の末に処刑されたという身も凍るようなおぞましい史実を発見して、こんなことを少し皮肉まじりに自由に表現できる環境にあることは、とても幸運なことだと痛感します。

地球は地軸が黄道より23度傾いていて、月の引力によってバランスを保っていますが、月は毎年3〜4cm位づつ地球から離れているらしく、いずれ地球の衛星ではなくなってパートナー関係が解消されてしまう日が来るのだそうです。
相当に遠い未来の話ではありますが・・。

月の引力を失った地球は完全にバランスを崩して大暴走をし始め、猛スピードで自転したり、気候も大変動を起して大気が荒れて大風が吹き、もはや生物が住める環境では無くなってしまうのだそうです。

満月の日に意識する要素は
『無いものではなく、今あるものに感謝する』
こと。

宇宙という高次の視野から自分自身の環境を俯瞰してみたいと思いますが、何より、令和最初のウエサク満月は本当に美しかったです⭐︎⭐︎⭐︎

 


称賛の記憶

とても素敵なお話を聞きました。

お話してくれた女性は、かつてご自身のお母さんから
「あなたはとっても素直。それがあなたの一番の魅力。」
と言って褒めて貰ったそうです。
その一言がすごく嬉しかったと、本当に満ち足りた表情で話してくれて、その幸福感の波動が聞いている私にも伝わってきて、心がじわーっと暖かくなりました。

娘にとって母親は良くも悪くも自分がその先どんな生き方をするかのロールモデルであって、母娘の関係は人格形成する上での肝のようなものだと感じています。

子供の承認欲求は9・10歳がピークで、この頃にありのままの自分で居ても認めて貰えるという絶対的な安心を得られると、人は等身大の自信を形成することが出来るのだそうです。

逆に母親自身のエゴが強く、娘の個性を見出す以前に半ば強引に自分の価値基準で縛り付けたり、自分が果たせなかった夢を娘に託して選択の自由を奪ったりすると、いつしか母親の欲求に応えることが自分の役目だと娘は思い込んでしまうといいます。

そして、本来の自分との分離感に苦しみ続けます。

人がありのままの自分を好きで居られる、自己肯定感を養う為に必要な要素は二つあると言われています。

ひとつは『自分の気持ちにウソをつかないこと』
もうひとつは『未知なものを恐れないこと』

『母の日』の起源は1910年アメリカのウェストバージニア州で始まったとされています。

ある女性が亡くなった母親を追悼する会を行なった際、母親が好きだった白いカーネーションの花を参加者全員に配り、そこからカーネーションが『母の日』の象徴となったのだそうです。

この女性の母親は生前、南北戦争で傷を負った兵士の衛生状態を改善する為の『マザーズデー・ウォーク・クラブ』という組織を立ち上げ、敵兵のケアも献身的に行なった、愛に溢れた女性です。

カーネーションの花言葉は『純粋な愛情』

母親の無償の愛を受けながら、またそのライフスタイルに対する敬意が世界的な共感を生んで定着した記念日が『母の日』の由来なのだそうです。

母親がどういう生き方をしているか、また幼い頃の自分との接し方に悩みトラウマを抱える女性たちは自分自身も含めて本当に沢山居て、いい大人になってから関係が悪化するケースも多いといいます。

先述の女性は現在ご自身も母親となって、目下子育ての真っ只中に居ますが、
「親にして貰った事を、自分も子供たちにしてあげたい。」
と目を潤ませながら話してくれました。

母親が子供の生まれ持った天分をありのままに認めてくれて、それを称賛してくれた記憶は何にも代え難いもので、その記憶が人生のどの場面においても力を与え続けてくれる原動力になるのだと思います。

そんな子供の『素敵』な要素を『強み』に育てられるお母さんたちを、『母の日』に改めて尊敬します。


遠回りの達人

桜が散って、大好きな新緑の季節がやって来ました。

那須高原はこの時期一面新緑の若葉色に染まって、桃源郷のようだといつも感じています。
新緑のトンネルの中を走り抜けてドライブしていると、なんて贅沢な場所に暮らしているのだろうと、ついつい遠回りをしてしまいます。

那須高原は関東と言っても幾分他県と比べて冬が長く、殊更に新緑の青葉が目に眩しく映ります。

ようやく春の到来です。

最近参加したカラーの勉強会の際、代表者の方が
『究極のカラーセラピーは空間である』
と仰っていましたが、まさに那須高原の持つ要素のすべてが癒しだと感じていて、私は勝手にパワースポットと呼んでいます。

実際、森の樹々は眺めているだけでも眼精疲労に効果があったり、その空間にいるだけで筋肉の緊張をほぐして血圧を安定させてくれます。
また地球温暖化の原因とされるCO2(二酸化炭素)を吸収する働きがあることは広く知られていますし、森林は雨水などの水分を体内に保水して、人間やその他の動植物にも活用出来るよう、その恩恵を与えています。

自然の営みの循環は、つくづくと寛容なのですね。

その昔、松尾芭蕉『おくのほそ道』の道中で那須に立ち寄っていて、山里の黒羽には全行程5ヶ月間の内13泊14日という最長期間滞在していたそうです。

芭蕉は生涯を旅に費やし、また人生そのものを旅と捉えていたようで、
時は始まりと終わりを繰り返し、歩み続けて止むことはない。
といったことを『おくのほそ道』の序文に記しています。

またその作風はそれまでの俳句の気持ちベースの感傷的なものから、目に映った自然の有り様を人生に例えて詠う蕉風といわれる、俳句を芸術の域にまで昇華させた言わばレジェンドでもあります。

歴史に名を残した遠回りの達人も、那須の自然の中で癒されながら創作意欲が掻き立てられたのでしょうか。

今では様々な転地療養を目的としたリトリート施設もありますが、目標や目的を持たない、ただそこに佇むことが『究極の癒し』のように感じます。

豊かな自然がお互いにエネルギーを循環させ合って共存しているように、人も、そこに意味や意義を見出そうとしない、心地良い空間を共有し合える関係で寄り添って居られたら・・などと思いを馳せてしまいます。

こういった人の感性に働きかける力もまた、那須の圧倒的な自然から得られる恩恵のひとつなのですね。

『旅は道連れ世は情け』
Come on, continue the journey!





受動性と能動性のバランス

『自分らしさ』という概念に、とても執着してしまいます。

主張とか自己顕示欲などの第三者目線ではなく、役割や貢献といった宇宙目線というか、それぞれに与えられた本質を自分自身も生きたいし、全ての女性たちにそうあって欲しいと、ずっと願っています。

それは偏った価値観の従属を強いられた環境因子からくる反発や、それによって長い時間抱き続けた自己との分離感といった、左脳で考える理屈は今となっては経験でしかない出来事なのですが、感覚的に、女の子が幸せそうにしていると、何故だかすごく安心します。

古代中国から日本に伝承された陰陽五行説では、全てのエネルギーを『陰』『陽』に分類し、お互い同じ分量でバランスを取り合っているとされています。

代表的な要素として『陰』が月で女性性、『陽』は太陽で男性性。
女性性の『陰』は受け取りの受動的な要素で、男性性の『陽』は自ら働きかける能動的な要素です。

各個人の中にも各々がバランス良く保たれていることが、心身の調整を図る上で大切だとされています。

若い頃に読んだチェーホフの『かわいい女』という小説を、人生の折々にアンチテーゼのように思い出します。

主人公のオーレンカという『かわいい女』は2度の結婚とも伴侶との死別を経験します。
1度目の結婚相手は芝居の演出家で、毎日夫と共に熱く芝居談義に興じ、夫が亡くなると生きる意味を失ったかのように悲嘆に明け暮れ、2度目の材木商の夫と再婚すると一転芝居の事など忘れ、誰彼構わず嬉々として材木の話ばかりして、夫を神のごとく賞賛して廻る。

この夫にも先立たれると夫の友人でもあった獣医師の愛人となり、獣医師仲間たちの会話にこれまで同様に加わって、「素人は黙ってろ」と窘められると足元に泣き伏しながら許しを乞い、彼との別れによって長い時間、自分を見失ってしまう。

後に獣医師に見捨てられた息子を我が子のように育て、母性が目覚めたオーレンカ自身は本当の愛を知ったと喜びに満たされる一方で、息子のサーシャはオーレンカを実は疎ましく思い軽蔑しているという、何とも揶揄的な作品です。

他者に一心に愛情を注ぐことで自身の存在価値を確保する、今風に表現するとイタい感じの女性像ですが、時代背景や文化の違いがあっても、極端にシンボライズされた女性の受動性が絶妙に描かれていて、心理描写に違和感を感じません。

同じような生態の女性たちに、折々に出会ってきました。
彼女たちはオーレンカ同様、誰からも愛される『かわいい女』の子ばかりでした。
そして一連のストーリーの最終章も酷似していて、一瞬打ちひしがれた彼女たちはまた次なるグルを見出し、嬉々とします。

私はかつて『べき論』者でした。
能動性に偏った男性的なエネルギーの放出は、自他共に重いプレッシャーを与えます。

『自分らしさ』とは、心身ともに自身の中の陰陽バランスを整えて、自分の本質と繋がることなのかなと、今は感じています。

手始めにネイルをして、マツエクをして、そんな女性らしい嗜みを覚えるまでに随分時間が掛かったな・・と思いつつ、確かに何かが解放される軽やかさを実感しています。


ソウルスターチャクラ

人が特定の色に関心が向く時、そこには心理的要素が影響しています。

ここ数年で私が経験した関心の向く色の変化は第1チャクラから第7チャクラへと順番に移動して行って、今は身体の起点を超えた第8チャクラに当たるマゼンダが気になり始めていて、この無意識の変化と心理との関連性をとても興味深く感じています。

チャクラは古代インドのサンクリット語で『車輪』という意味で、身体の中心線上に主要なチャクラが7つあって、人間の生命エネルギーの流れをコントロールする上での大切な出入り口だと言われています。

尾骨に当たる第1チャクラレッドからオレンジ・イエロー・グリーン・ブルー・インディゴ・バイオレットと、各起点ごとに頭上へと上昇していくのですが、色の勉強をし始めてから見事に順を追って気になっていたことが分かって、これがスピリチュアル系で言うところの個人のアセンション的要素なのかどうかは解りませんが、この不思議な心理面の変化と、色との関わりは何なのだろうと感じています。

長年仕事の関係で毎日上下黒のスーツを着ていました。
いつからかプライベートでは意識的に黒を避けるようになり、洋服や靴、バック、小物類に至るまで黒は絶対に選ばず、自宅を建てた時も一番のこだわりの要素として黒を排除する事にひたすら専念した結果、唯一の黒はカウンターの上のペンダントライトの電源コード僅か30cm程度のみ。それでも若干の不本意さを感じていました。

色にはそれぞれポジティブな要素とネガティブな要素の両面の心理が働きます。
それはファッションや環境色、また与える側と受ける側という立場の違いでも異なる心理的影響があって、黒の色の持つ要素で言えば『スタイリッシュ』『重厚感』『本格的』といった心理と『内省』『ブロック』『拒絶』などの要素も併せ持ちます。

ここ数年徐々に黒色に対してのメンタルブロックが外れて、インテリアやファッションでも選ぶようになってきて、いつの間にか部屋のあちこちに点在していても違和感がなくなり、心理的にも落ち着きを感じるようになりました。

色に投影した、何かを拒絶したい心理がそこにはきっと働いていたのだろうと、今になって感じています。

また、かつてオレンジの第2チャクラ『自分の本質と繋がり人生を楽しむエネルギー』とイエローの第3チャクラ『自分らしさを確立して自信を高めるエネルギー』を飛び越えて、長い時間グリーンの第4チャクラ『慈愛の心を育てるハートのエネルギー』に執着し続けていたことも、とても腑に落ちます。

気になる色の要素と無意識に潜んだ自分自身の心理を紐付けしてみると、思考の偏りやどう在りたいかが驚くほど明確に見えてきます。

さて、マイブームの第8チャクラの色はマゼンダ。
『実り』『思いやり』といった要素と『利他的』といったやや自己犠牲的要素も併せ持っています。

先日参加した新しいヒーリングツールの体験会でのリーディングで『今こそソウルスターチャクラを開く時』と言われ「何それ???」と思って調べてみたら、何とマゼンダ・第8チャクラのことで、そのリンクにも少々ハッとしました。

カラーセラピーは思考と感情のバランスを調整する上で非常に有効な、そして太古の昔から人々を癒してきた原初的ヒーリングツールなのですね。

ちょっとこれ、ワクワクな展開です。


共振し合う『思いやり』

猫と犬が居ます。

猫がお兄ちゃんで犬が妹で、猫より犬の方がやや小さくて、
お兄ちゃんは妹が大好きで、
妹はお兄ちゃんを嫌いではないけれど
あまり好きではなくて、
特有の相対性で調和を保ち、一つ屋根の下で一緒に暮らして居ます。

普段はお互いあまり干渉せず、程よい距離感でそれぞれ勝手に
寛いで居ます。
どちらとも穏やかな性格で、然して感情の起伏もなくおっとり
していますが、どちらかが不安を感じた場面の時だけ、激しく
兄妹愛を発揮し合います。

妹の犬が苦手なシャンプーをされている時は、お兄ちゃんの猫が
私の足元にピッタリくっついて鳴き続けます。

その表情もご飯の催促の時とは明らかに違う、
もう、それはそれは必死な形相で、さも
「早く僕の妹を解放しなさいっ!!そんなに嫌がってるじゃないかっ!!
もうやめなさいっ!!」
とでも言わんばかりに、大っきな目を見開いて下から睨みつけながら
鳴き続け、妹が無事解放されると、何事も無かったかのように定位置に戻って
いつもの昼寝を再開します。

片や、猫のお兄ちゃんが最も嫌いな雷が鳴って、家具の裏側に籠って姿が
見えなくなると、その家具の正面側で妹の犬が心配そうにヒンヒン鳴き出します。
「お兄ちゃん・・、大丈夫?  怖いの・・?」
とでも言ってるかのような、
やさしく、何とも可愛い声でお兄ちゃんに呼び掛け続けています。

犬の嗅覚は人の10万倍〜100万倍、聴覚は4倍、猫の聴覚は更に犬の2倍
言われています。

両者とも自然災害の予知能力があったり、
人の健康状態を察知出来ると言われている理由の検証として、
この嗅覚や聴覚といった五感の発達が理論付けられていますが、
この兄妹の行動に関しては、また違った解釈が出来る気がしています。

むしろ不安を感じた双方の脳波の周波数を感知して、
それに共鳴して心配し合っているのでは・・と思ったりします。

人間もよく『あの人とは波長が合う』とか『波長を合わせる』なんて表現を
しますが、実際縁する人同士はお互い引き寄せ合って、またその逆の場合は
何だか居心地がしっくりこないものです。

因みに私たちが暮らすこの地球の音はシューマン共振(シューマノン周波数)
と言って7.83Hzらしいのですが、人が瞑想状態に至った時の脳波も
同じく7.8Hz程度になることが科学的に証明されているそうです。

誰もが癒される赤ちゃんの脳波は7.5Hzで、それに共鳴して人は安らぎを
覚えるのだとも言われています。

人間は『言葉』によって定義される生き物なのだそうですが、
人が発するたった一言が勇気になったり、
その反対に落胆になることもあり得ます。

言葉を持たない生き物が共振し合うこの『思いやり』の行動、
つくづくと、見習いたいものです。




共有している時空

心理学の三大巨匠といえばフロイト・ユング・アドラーですが、
フロイトが提唱した『無意識』の持つ力について勉強する機会がありました。

国際メンタルイノベーション協会 開催のベーシック講座の内容は、
主に顕在意識潜在意識の働きを見える化するワークショップ。

現在の科学では不可能と思われていた商品開発を具現化した、
ある企業フィロソフィーを体系化した講義内容で、
最終的には『思いは物質にも影響を与える』と言う検証実験として、
ユリゲラーのように簡単にスプーン曲げをしてきました。

人の意識は顕在意識が3%、潜在意識は残り97%と言われています。

この協会が提唱しているのは、人が認知している顕在意識は主人で、
残り97%にも及ぶ認知していない潜在意識は召使であるということ。
その実証として筋連動性などの実験を含めた講義で、
簡単に言うと、私たちの潜在意識には『夢』や『願望』を実現する
すごい力が眠っているんだよ!ということの検証に次ぐ検証の連続。

潜在意識の下には集合的無意識という領域があって、
フロイトの弟子であったユングが提唱した
概念を実証する内容も含まれていました。

この集合的無意識はアカシックレコードシンクロニシティーとも
呼ばれていて、全ての時空が共有していると言われている、
過去や未来、前世に至るまでの膨大な情報が集積された意識の集合体。
以心伝心や偶然の一致やデジャブなどが、これに当てはまる事柄かな・・
と思います。

この講義の中でもう一人の巨匠アドラーは出てきませんでしたが、
アドラー心理学の『幸福は過去から自由になれるかどうか』
と言う言葉がとても好きです。

過去の原因によって行動するのではなく、現在の目的によって行動する、
という考え方ができれば、明日したいことがもっと楽しみになってくる気がします。

講義中雑談の中で「ゴルフの時、腹式呼吸をして吐ききって息を止めてお腹に力を入れて
スイングしたら飛距離が伸びるからやってごらん!」と言われました。

先日行ったゴルフの時に検証してみようと思いましたが、
結果はトータル『178』の散々な結果。

その日は風もなく一日快晴の絶好のゴルフ日和で、ウキウキしてオシャレして、
ケラケラ笑って・・。
想像していた通りの楽しい時間でしたが、そこに至るまでの時間の中で、
ひとかけらも上手にゴルフをする自分は思い描いていなかったのは確かで、
潜在意識の忠実さをマザマザと実証した、あっぱれな結果でした。

講義を受けてから3ヶ月近く経ってふと気がついたことは、
コミュニティが一変していたこと。

何かに夢中になったり、過去ではなく、その先の未来を想像して今いる道を
進んでいる人たちと一緒に居ると、自然と笑顔になってきます。

全ては自分の意思が形作っていくという検証結果なのかな・・と感じ始めて、
なんだかすごく嬉しい気分です。






聞くこと 訊くこと 聴くということ

最近、カラーセラピストの資格を取得しました。

長年光を見る仕事をしているせいなのか、色に対しての関心が強く、
これまでもひとつの色に関心が向くと自分の中で急激なムーブメントが起きて
その色の服ばかりを着たり、身の回りの小物に至るまでその時一番好きと
感じる色のもので揃え始めます。

自分では全く意識していないのですが、写真の作品でも特徴的な色の出し方を
するらしく、フォトグラファー仲間から言わせると私が撮った写真だと『色で
わかる』そうです。

人にはそれぞれ色の表現方法があって、それは経験だったり思い出によって
潜在意識に刷り込まれたものや、本能的に生まれ持った集合的無意識レベルの
要素もあるそうです。

何れにしても色と心理は結びつていて、その時の心理状態によって関心が向く色や、
その色から得る恩恵があるのは確かで、古代には医学的な治療にも色の効能が
あるとされていたようです。

現代では心理面を支えていく方法としてカラーセラピーが活用されていますが、
勉強を進めていく中でとても深い考察だな・・と感じたのがきく事の違いを理解するということ。

クライアントをリーディングする上での大切な要素として、

聞く』・・・耳を使って聞く、相手の話を理解しようとしてきく。
訊く』・・・尋ねる。問いただす。(訊問)
聴く』・・・耳と目と心できく。
       相手の非言語(表情、動作など)を受け入れてきく。(傾聴)

Color Presents アドバンスカラーセラピスト テキストより

この3つのきくの違いによってきく側の解釈は大きく異なってきて、
それは普段の生活のコミュニケーションの中でも多いに言えることで、
なかなか自分の中に先入観を持たない上で『聴く』ことは
本当に難しいことだと思います。

そこにある想いを聴く力。

写真も、そこにある光を見る力によって、
その作品の説得力が大きく左右されると感じています。
その上で被写体の中にある想いに光を当てること。

色は可視光線という人が目で見て認識できる波長の範囲のものですが、
写真もカラーセラピーも、その物体の波長が放つ非言語に耳を澄ませる、
内側に光を当てて前進を促すという、深い洞察が必要な点でも一致しています。

心の中に、光の方向を指し示す色が眠っています。

因みに私は今、猛烈な紫ムーブメントを堪能している最中です。