自分らしさ一覧

受動性と能動性のバランス

『自分らしさ』という概念に、とても執着してしまいます。

主張とか自己顕示欲などの第三者目線ではなく、役割や貢献といった宇宙目線というか、それぞれに与えられた本質を自分自身も生きたいし、全ての女性たちにそうあって欲しいと、ずっと願っています。

それは偏った価値観の従属を強いられた環境因子からくる反発や、それによって長い時間抱き続けた自己との分離感といった、左脳で考える理屈は今となっては経験でしかない出来事なのですが、感覚的に、女の子が幸せそうにしていると、何故だかすごく安心します。

古代中国から日本に伝承された陰陽五行説では、全てのエネルギーを『陰』『陽』に分類し、お互い同じ分量でバランスを取り合っているとされています。

代表的な要素として『陰』が月で女性性、『陽』は太陽で男性性。
女性性の『陰』は受け取りの受動的な要素で、男性性の『陽』は自ら働きかける能動的な要素です。

各個人の中にも各々がバランス良く保たれていることが、心身の調整を図る上で大切だとされています。

若い頃に読んだチェーホフの『かわいい女』という小説を、人生の折々にアンチテーゼのように思い出します。

主人公のオーレンカという『かわいい女』は2度の結婚とも伴侶との死別を経験します。
1度目の結婚相手は芝居の演出家で、毎日夫と共に熱く芝居談義に興じ、夫が亡くなると生きる意味を失ったかのように悲嘆に明け暮れ、2度目の材木商の夫と再婚すると一転芝居の事など忘れ、誰彼構わず嬉々として材木の話ばかりして、夫を神のごとく賞賛して廻る。

この夫にも先立たれると夫の友人でもあった獣医師の愛人となり、獣医師仲間たちの会話にこれまで同様に加わって、「素人は黙ってろ」と窘められると足元に泣き伏しながら許しを乞い、彼との別れによって長い時間、自分を見失ってしまう。

後に獣医師に見捨てられた息子を我が子のように育て、母性が目覚めたオーレンカ自身は本当の愛を知ったと喜びに満たされる一方で、息子のサーシャはオーレンカを実は疎ましく思い軽蔑しているという、何とも揶揄的な作品です。

他者に一心に愛情を注ぐことで自身の存在価値を確保する、今風に表現するとイタい感じの女性像ですが、時代背景や文化の違いがあっても、極端にシンボライズされた女性の受動性が絶妙に描かれていて、心理描写に違和感を感じません。

同じような生態の女性たちに、折々に出会ってきました。
彼女たちはオーレンカ同様、誰からも愛される『かわいい女』の子ばかりでした。
そして一連のストーリーの最終章も酷似していて、一瞬打ちひしがれた彼女たちはまた次なるグルを見出し、嬉々とします。

私はかつて『べき論』者でした。
能動性に偏った男性的なエネルギーの放出は、自他共に重いプレッシャーを与えます。

『自分らしさ』とは、心身ともに自身の中の陰陽バランスを整えて、自分の本質と繋がることなのかなと、今は感じています。

手始めにネイルをして、マツエクをして、そんな女性らしい嗜みを覚えるまでに随分時間が掛かったな・・と思いつつ、確かに何かが解放される軽やかさを実感しています。